メンタルセラピストりりあの心のブログ

☆高次意識と共に…☆ メンタルセラピストの心の小部屋へようこそ

Entries

依存心の強い人間を遠ざける(決別する)

「依存心」が強い方は、「あなたが私を幸せにして」という態度で、どこまでも相手にすがりつき、相手を自分の望むようにコントロールして自分を満たそうとする行動をとるものです。

そのような方との関係を続けていると、どこまでも際限なく自分のエネルギー吸い取られてしまうのですね。

ですから、依存心の強い方との「共依存」の関係を解消することは、自分らしい健やかな人生を生きていくためにはとても大切なことなのです。

しかし、この「依存心の強い人間を遠ざける(決別する)」ということが、ときとしてとても難しいのですね。

依存する人間というのは、依存出来る状況つなぎとめておくために、しばしば相手に「罪悪感」「責任感」を持たせようとする形で洗脳をしかけてきます。

「私がどうなってもいいのね。」
「家族なのに見捨てるの。」
「あなただけが心から信じられる友人だったのに。」
といったような言葉で、相手に罪の意識を負わせてつなぎとめようとするのですね。

しかし、そもそもこうした言葉とは裏腹に、相手の幸せをまるで考えていないのは、「依存者」である本人なのです。

そもそも、なぜ「依存者」は、人に依存するのでしょうか?

それは、相手に依存すれば、何かを「得られる」思っているからなのですね。

それは、「心地よさ」だったり、「安心感(ものやお金も含めて)」だったり、「優越感」だったり、「達成感」だったりと様々ですが、とにかく相手に依存すれば何かを「得られる」と(意識的にしても無意識的にしても)感じているからこそ、依存するのです。

依存する人間は、基本的に相手を自分に都合よく利用することしか考えていないものですが、「利用価値がある」からこそ、執着するのですね。

つまり、「依存させない」ためには、「相手の望むものを与えない」人間になることが必要なのです。

しかしながら、これもまた、思いのほか難しかったりするのですね。

それはなぜかというと、
「あのときはあんな言葉もかけてもらったし…・」
「優しくしてくれたこともあったし…」
「助けてもらったこともあったし・・・」
という「恩」があるからなのです。

「恩」があるという理由だけで、いつまでも「共依存」という場所に踏みとどまり続けてしまうのですね。

しかしながら、「恩」があるからといって、いつまでも相手を満たし続ける道具となる必要はどこにもないのです。

そもそも、こういった「恩」自体、相手から刷り込まれて思い込まされていることも多いのです。

そもそも、親切とは、「無償」のものであるべきであり、親切を受けたからといって、相手に尽くし続けなくてはならないなどということは決してないのです。

「あのとき助けてあげたのに。」
「面倒を見てあげたのに。」
という言葉で「恩」を着せている時点で、それは「真の親切ではない」のです。

相手を都合よくコントロールするために「えさ」を与えているにすぎないのですね。

どのような立場であっても、人に「依存」するという行為は、天(宇宙)意図かなうものではありません

それは自分幸せのために相手を「利用」する、極めて自己中心的エゴに満ちた行為だからです。

依存心の強い人間の要求「応えない」という、しっかりとした意志を持って、共依存を手放し、健やかな人生にしていきたいですね
(^_^)

futta1379m.jpg

左サイドMenu

プロフィール

りりあ

Author:りりあ
感情体に残る傷や不健全な思考・行動パターンを修復するメンタルセラピスト(カウンセラー)として、クライアントの方がポジティブなエネルギーを取り戻し、より自由で幸せな人生へと飛躍していくためのお手伝いをさせていただいております。
(特に、「毒親に関する問題」のように、家族や近親者など身近な人間から受けた理不尽な支配やいじめによる精神的ダメージを修復しつつ、「自由」を手にしていくためのサポートを得意としております。これらはすべて、学業のみならず自身の生まれ持った資質(「目に見えない領域」に対する感度が高い)、及び経験に基づくものでもあります。)

経歴:
哲学士(Bachelor of philosophy)として上智大学にて形而上学を専攻。心理学、精神医学など含め、「目に見えない領域」について多く学ぶ。
卒業後、外資系金融機関に身を置く。
その後、ブログ執筆及びカウンセリングによるメンタルセラピストとしての活動を開始。
現在、高齢出産にて授かった、自閉スペクトラム特性を持つ息子の子育て中。

右サイドメニュー

検索フォーム

QRコード

QR

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文: