メンタルセラピストりりあの心のブログ

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(人間関係におけるモラルハラスメント、過干渉、支配、依存など。自分自身の人生の自由と尊厳を守りたい、取り戻したい方のための、より具体的かつ実践的、そして丁寧で念入りなカウンセリングです。「高次意識メッセージ」および「遠隔ヒーリング」を含みます。クライアント様のメールアドレスへ、数ページにわたるカウンセリングレポートをお届けするスタイルですので、遠隔にいらっしゃる方でもカウンセリング可能であり、レポートを繰り返し読んでいただくことでより深い理解へと導くことが出来るというメリットがあります。特に初めてのクライアント様は、カウンセリングを受けていただくことをおすすめします。)
★「毒になる親(毒親、毒母)」に関するお悩みのためのカウンセリング
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ブログは下から (随時更新中)

虐待の根本的な解決策

最近、児童虐待のための「おせっかい推進」のポスターを目にしますが、私はあまり賛成していません

他者が「おせっかい」するだけでは、虐待根本的解決にはならないと思うからです。

虐待をする人間が、「なぜ」虐待をするのか、という部分を考えなければならないのです。

子供を虐待してしまう多くの人間は、「子育てをするほど精神的成熟していない」状態、または「子育てをするほど自分自身余裕がない」状態にあります。

小さい子供は、ときにギャーギャー大声泣いたり喚いたりして、自己主張したりを通そうとしたりするものです。

そのようなとき、「未だ様々なことに対して理解進んでいない子供なのだからしょうがない」と、忍耐強くいることが何よりも大切になってきます。

しかし、ただでさえ自分自身が生きることで精一杯の状態の人間は、そこまで忍耐強く子供に接することができません

結果として、子供に暴力を振るったり、「もう嫌だ」と、子供を無視して必要なものも与えないネグレクトの状態に陥ったりと、「肉体的・物質的虐待」をしてしまうのです。

また、たとえ子供の成長が進んできたとしても、保護者である親とは違う考え方希望を持つようになったりもします。

そのようなとき、「自分の子供であっても、自分とは違う一人の一個人なのだから」と、子供を人間としてきちんと尊重することがとても大切になってきます。

しかし、自分自身の人生すらきちんと向き合うことなく流されるがままに生きてきたような大人や、自分自身の人生に不満だらけのまま親になったような人間は、子供を一個人として十分に尊重することが出来ません

その結果、「親の私を喜ばせてよ」「お母さんを満足させてよ」と、子供の人生を絶えずコントロールし、自分を満たすための道具として子供を支配するような「精神的虐待」をしてしまうのです。(絶えずけなされたり否定されたりし続けることで、子供には相当のレベル精神的外傷が残り、その後の人生に大きくネガティブな影響を及ぼしてしまいます。)

この世界から本当に虐待なくすことを目指すなら、「無知のまま親になる」という現象そのもの防がなくてはならないのです。

そのためには、
「子供はときに、理不尽泣き喚いたりするものである」
「子育ては、忍耐力他者を尊重する能力必要とされる作業である」
「子供は自分を満たす道具ではない。子供には子供人生があり、それを尊重しなければならない。それが出来るようになるためには、まず自分自身の人生に向き合い、自分をしっかりと満たしてから親になるべきである」
ということを、すべての人間に対してきちんと教えることが必要なのです。

虐待は、「おせっかい」程度でなくなるような軽い問題ではないのです。

また、「おせっかい」というメソッドにも、実は倫理的問題があると私は思っています。

「おせっかい」というのは、ある意味「人を見張り、人に口出しをする」行為です。

それが行き過ぎると、人が人を年中見張り監視し合う「監視社会」になってしまうのです。

「監視社会」とは、「愛」ではなく「恐れ(いつ人に通報されるかわからないから絶えず人の顔色を伺ってびくびくしている状態)が蔓延した状態の、「恐怖政治型社会」です。

そのような社会において、人はのびのび自分らしく振舞うことが出来なくなります。

その行き先は、「繁栄」ではなく、「衰退」なのです。

また、「おせっかい」をする人間が、本当に「(正しき)おせっかい」をするほどの精神的成熟度知性を持ち得ているのかも、甚だ疑問です。

というのも、通常、精神的成熟度知性が足りない人間ほど、人のことばかり気にして人のことにばかり口出しをするものだからです。

無知な人間に、「人を見張る」ほどの「権力」を持たせるのは、危険なのです。

更には、「おせっかい」程度で、本当に「真の虐待者」見抜けるのか、という問題もあります。

というのも、子供を虐待する人間の中には、赤の他人に対してはものすごくいい顔をして「いいお母さん、お父さん」を演じる狡猾さを持った人間が少なからずいるからです。

「赤の他人さま」「世間」に対しては、いっぱしの人間と見られたい欲求が強く常に「いい顔」をしている反面、「外に高く評価される」状態保つために自分の子供には絶えず自分の望み欲求を押し付け、子供がそれに応えられないと子供をけなしたり暴力を振るったりして、「世間に認められる自分(と自分の所有物である子供)イメージ保とう躍起になるのです。

このような人間は、「外」においては常に取り繕い「いい顔」をするので、「内なる虐待」を見抜くのは、まず殆どの人間には無理なのではないかと思います。

「おせっかい」よりも、「無知なる状態を防ぐ」ことで、すべて子供きちんと扱われる根本的健やか世界を、私たちは目指すべきではないかと強く思います。

天使3

職業に惑わされないこと

私たちはみな、人の「職業」ではなく「本質」に目を向けるべきなのです。

今の物質世界において、医者弁護士など、とりわけ人から「すごい」みなされがちな職業があります。

しかしながら、ある特定の職業についている人間が人格的にも優れているかというと、決してそうとは言えないのです。

もちろん、中には本当に人のためを考えて尽くす素晴らしい人もいます。

しかしながら、実際には、「金」「名声」「権力」といったものが欲しいがために医者になっただけで、人を本気で助けようというなど2の次であるような医者、はたまた「金」を多く稼ぐために悪徳企業とつるんで肩叩きのための入れ知恵をするような弁護士など、人間としての「慈愛」「倫理感」欠如した人間もまた、こうした職業についていることは多々あるのです。

特に、今の物質世界において、「金」「名声」「権力」が手に入りやすい職業であるからこそ、このような「物質的」貪欲なタイプの人間もまた一定数いるといっても過言ではないでしょう。

人間として本当に必要な、「慈愛」「倫理感」のような、「格」をもった人間が、かならずしも「金」「名声」「権力」などが手に入るような職業を選ぶとは限りません

一見地味に見える職業に就いていても、日々人に対して誠実に接し、世の中に素晴らしい貢献をしている人たちも沢山います。

人間の「格」は、決して「職業」で決まるものではないのです。

ある特定の職業についているからといって盲目的に高く見るのではなく、人の「本質」見抜く目を持ちたいですね。
^^

花2

世渡り上手

「世渡り上手」という言葉がありますが、私は「世渡り上手になんてならなくていい」と思っています。

世界には、自分と価値観にする人間も、そうでない人間もいます。

また、世界には無条件で人に接する人間もいますが、常に条件つきで人を利用することばかり考えている人間もいます。

世を渡ること上手であろうとするあまり、常に人を利用しようとするない人間にまでいい顔をしていると、私たちは自分自身貶めてしまうのです。

本当に「世渡り上手」な人間とは、誰にでもいい顔をするただの八方美人であったり、自分の考え価値観すら持っていないただの「顔無し」(「千と千尋の神隠し」に登場する、自分自身を持たずに金で媚びて千尋の気を引こうとする妖怪のことを指しています。)だったりするものです。

「世渡り上手」になるよりも、「(自分自身をきちんと尊重しつつ、)いい顔をするべきでない相手にはいい顔をしない勇気を持ちたいですね☆ ^^

花31

ここまで来た自分を褒めてあげるということ

誰でもときには、過去自分未熟さ恥ずかしく感じたり、過去自分愚かさ怒りを感じたりすることがあるものです。

そんなときは、「未熟だった」「愚かだった」と過去の自分を責めるのではなく、もがきながらも「現在の立ち位置まで進んできた自分」褒めてあげましょう。

どのような人間でも、ときには間違い失敗を犯すものです。

どのような聖人君主でも、全く間違い失敗経験持たず精神的高みへと登り詰めた人など1人いないのです。

間違い失敗があるからこそ、その裏側「学び」の機会があります。

精神的高みを目指す、私たち「人間」という存在にとって、間違い失敗という経験は「宝」なのです。

数々の間違いや失敗を乗り越え「ここまで進んできた自分」を、多いに褒めてあげましょう。^^

花23

「障がい者」という言葉

私は、「障がい者」という言葉が好きではありません

たとえ日常生活において不都合が生じるようなハンディキャップがあったとしても、「障がい」があることがその人のすべてではないからです。

「障がい者」という言葉の中に、まるで「障がいがあること」がその人のすべてであるかのような響きを感じてしまい、違和感を感じるのです。

人間はそもそも精神的な存在であり、(障がいがあろうとなかろうと)「肉体」は所詮、「(この世限りの)乗り物」のようなものです。

たとえ「乗り物(肉体)」にいくばくかの不都合があったとしても、その中に存在している「中身」は実に美しく輝いている人も数多くいます。

そのような方たちのことを表現するのに、「障がい者」という一言で片付けるわけにはいかないと思ってしまうのです。

「視力に障がいがあるけれどとても心豊か素敵な人」「足に障がいがあるけれど常に前向きでものすごく魅力的な人」というように、その方の「人となり(内面)」きちんと表す言い方が、私は好きです。

花22

定型発達にこそ必要な「教育(療育)」

今の世の中において、多数派(マジョリティ)である「定型(平均的)発達」でない、神経発達の具合に独自特性が見られる子供に対して「発達障がい」レッテルを貼り、平均的(定型)発達の子供と区別する流れがまかりとおっています。

しかしこれからの時代において、「定型(平均的)発達」の人間にこそ必要な「教育(療育)」もあるのでは、と私は思っています。

それは、「人は一人ひとり皆違う」ということ、そして「他者の個性を認め尊重する」ということをきちんと学ぶことです。

「インクルーシブ教育」という言葉がありますが、インクルーシブであるためには、「定型(平均的)発達」側人間意識改革不可欠なのです。

というのも、今の地球において多数派「定型」とされる人間タイプは、つまるところ「集団適応型」であり、しばしば「集団やり易さ最優先にするあまり、個性強い者、自分たち(多数派)と違う者を排除しようとする」ような、「非寛容」「排他的」行動出易いからです。

(もちろん、「定型発達」と「独自発達」の間にはっきりとした線引きが必ずあるわけではなく、「定型」の範疇であっても多少の「独自発達」的な思考・行動パターンを持つ人もかなりいるでしょう。ここで言及しているのは、そのような方たちではなく、まさに集団適応型の極みのようなタイプのことを指しています。)

アメリカにおける自閉スペクトラム協会によって定義された「定型発達症候群(Neurotypical Syndrome)」という言葉がありますが、まさに言いえて妙だと思います。

息子と一緒に公園や子供のための遊び場に足を運ぶと多くの子供たちの様子を目にしますが、ごくごく小さいうちから「○○ちゃんはだめ」「○○の子だけ一緒に遊んでいいよ」などと、「差別、排他」により「仲間うちを強固にする」ような行動をとる子供の様子を度々目にすることがあり、ぎょっとすることが数多くあるのです。

大抵の場合、こうした行動をとっている子供のほうが小さいうちから言葉達者だったり自分より強い者に対しては従順に振舞う行動パターンを身に付けていたりするので、検診などでは「定型発達」として「問題なし」とされるのでしょうが、子供の頃からこのような「差別」「排他」による「仲間強化」の行動をごく自然とっている姿を見ると、(一体どちらが「障がい」なのか…)と思ってしまいます。
(今の世において「発達障がい」のレッテルを貼られるタイプの子供には、こうした意地悪な排他的行動はまず見受けられないと思います。なぜなら、彼らの多くは究極的なマイペース型であり「集団の中での自分」という意識すら持ち合わせていないからです。)

お互いの個性認め合い尊重し合うような「精神的成熟度の高い」社会を作っていくには、子供のころからの「「個性を認め、尊重する」考え方を学ぶ教育」不可欠だと、強く感じます。

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プロフィール

りりあ

Author:りりあ
感情体に残る傷や不健全な思考・行動パターンを修復するメンタルセラピスト(カウンセラー)として、クライアントの方がポジティブなエネルギーを取り戻し、より自由で幸せな人生へと飛躍していくためのお手伝いをさせていただいております。
(特に、「毒親に関する問題」のように、家族や近親者など身近な人間から受けた理不尽な支配やいじめによる精神的ダメージを修復しつつ、「自由」を手にしていくためのサポートを得意としております。これらはすべて、学業のみならず自身の生まれ持った資質(「目に見えない領域」に対する感度が高い)、及び経験に基づくものでもあります。)

経歴:
哲学士(Bachelor of philosophy)として上智大学にて形而上学(哲学、倫理学)を専攻。心理学、精神医学など含め、「目に見えない領域」について多く学ぶ。
卒業後、外資系金融機関に身を置く。
その後、ブログ執筆及びカウンセリングによるメンタルセラピストとしての活動を開始。
現在、天真爛漫で活発な自閉スペクトラム特性がある息子の子育て中。

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