メンタルセラピストりりあの心のブログ

☆高次意識と共に…☆ メンタルセラピストの心の小部屋へようこそ

Entries

☆カウンセリング(メンタルセラピー)メニュー☆

高次意識メッセージ ¥7,000.-

人間関係カウンセリング ¥18,700.-

(人間関係におけるモラルハラスメント、過干渉、支配、依存など。自分自身の人生の自由と尊厳を守りたい、取り戻したい方のための、より具体的かつ実践的、そして丁寧で念入りなカウンセリングです。「高次意識メッセージ」を含みます。特に初めてのクライアント様は、カウンセリングを受けていただくことをおすすめします。)
★「毒になる親(毒親、毒母)」に関するお悩みのためのカウンセリング
★「配偶者、兄弟姉妹、友人など」に関するお悩みのためのカウンセリング


<追加メニュー> お任せヒーリング ¥3,700.-

ご希望の方は、右側にございますメールフォームから、下記の詳細についてご連絡ください。
(こちらからご返信させていただきますので、メールアドレス明記してください。すべてメールによる遠隔カウンセリングになります。後にWordによるレポートファイルを添付しご送付させていただきますので、携帯用ではないアドレスでお願い申し上げます。)
 
☆ フルネーム
☆ 生年月日
☆ 居住地(都道府県など大雑把でかまいません)
☆ お悩みについての詳細


その後、こちらからご提示させていただく銀行口座へのお振込みをしていただきます。

尚、高次意識のメッセージや、カウンセリングによるアドバイスをスムーズに理解していただくためにも、お申し込みの前に、少しでも私の執筆しておりますブログ記事に目を通していただき、多少の開眼をもってお申し込みくださるよう、お願い申し上げます。(^_^)

ブログは下から (随時更新中)
スポンサーサイト

過労死について

昨今において、過労死というものを防ぐための、行政による「企業は、労働時間を見直しましょう」というような取り組みがあるようですが、結局のところ、一人ひとり意識向上させていく他に道はないのでは、と思います。

ただ上から「OOはやめましょう」「OOを守りましょう」と、幼稚園児のように言われたところで、個人意識向上しない限り、ただの一時的付け焼刃で終わってしまうのですね。

過労死という事態において、もっともを問われるべきは、命を失ってしまった方の「直属の上司」に当たる人間ではないかと、私は思います。(もちろん、状況によりますが。)

もちろん、命を失ってしまった方本人が、「そのような事態にいたるまで自分自身を酷使してしまい、自分のことを守ることができなかった」ということはあるでしょう。

しかし、そこにいたるまでには、例えば、「何がなんでもこの仕事を完成させないと、次はないと思え」「君の代わりはいくらでもいる」「この程度の仕事量がこなせないようでどうする」「このご時勢、この仕事を失ったらまともな仕事に就けるか分からないぞ」といったような、(そこまで直接的な「脅し文句」を言わないまでも、陰険態度でそのような「脅し」暗にしめされるなど)上司による「モラルハラスメント」が確実に存在しているケースが多々あると思うのです。

物事に対してまじめに取り組み、人の期待こたえようとする真っ直ぐな人間だからこそ、そのような「部下の尊厳を守るよりも、自分の出世や評価のほうが大事」な(一言で言うと「ろくでもない」)上司「要求」にこたえようと、必死で自分を酷使してしまうのですね。

(話が逸れますが、このようなケースがあるからこそ、「従うに「値する」上司かどうか」を自分で判断することは、とても大切なのです。そしていざとなったら、その上司のもとから離れるための行動を起こすことも、ときにとても大切です。また、「従うに値しない上司」を、客観的評価するシステム構築も、健全労働環境を維持するためには必須だと思います。)

そのようなケースにおいて、最も(人の道にはずれた行いで一人の人間の命を奪う事態を引き起こしたという)「直接的な」責任を問われるべきは、「本人」でも「企業」でもなく(もちろん、「企業」の責任に関して、「そのような事態を引き起こしてしまうほど悪化した状況を見過ごした」、という点においては罪を問われるでしょうが…)、「直属の上司」なのです。

本来、人の上に立つ人間は、きちんとした「倫理観」を持っているべきです。

それは、ただ「利益」「評価」といった「物質的なこと」追及する以前に、「人間としてまず大切にすべきことは何か(愛、健やかさ、など)」ということを、きちんと理解しているかどうか、ということなのですね。

「過労死」という、決して起こるべきではない悲劇を防ぐには、一人ひとりの、特に、組織において上の立場に立つ者の、「倫理観(モラル)」を今一度見直すことが、必要不可欠だと、強く思います。

宇宙6

親だからこそ。

そうは言っても、(あなたを育てた)親なんだから。」

多くの人が、何も考えずにこの台詞を口にしますが、この考え方は実はかなり未熟短絡的なものです。

「親だからこそ」、ことさらやってはいけないことがある。

それこそが、私たちが尊ぶべき考え方なのです。

相手をつける言葉で貶めて、自分を偉く見せようとしたり、コントロール(支配)したり、自分の利益のためにけしかけて利用したり。

そのような行為をして自分を満たそうとする人間はこの世に数多くいますが、あかの「他人」だったら、まだ傷も浅くすむことは多々あります。

しかし、本来、子供を「無償の愛」で包み、自尊心を育てるべき「親」が、このような行為(ある意味、立派な「いじめ」です)を我が子にした場合、取り返しがつかないほどのを子供に与えることになる可能性が大いにあるのです。

そしてまた、多くの人が理解していないことでもありますが、この宇宙において、私たち人類には、「精神性を高める」という「義務」があります。

子供を陰湿なやり方でコントロールし、支配・利用しようとする親の行為は、「子供の精神性を著しく貶める(退化させる)行為」ということで、宇宙において「罪」とみなされるものなのです。

それは、端的に表現すると、宇宙自然「あるべき」流れに、逆行するものなのです。(その行き着く先は、ずばり、「衰退」です)

「親だから」ではなく、「「親だからこそ」、絶対にやってはいけないことがある」、という考え方を、そろそろ私たちは社会に浸透させていくべきなのです。

空13

少子化について

今の日本は少子化と言われていますが、「もっと子供を増やさないと、国を支える人間がいなくなる」というのは、経済的・物質的なことだけに焦点を当てた考え方なのですね。

私個人の意見としては、誰もが子供を産めば良いというものでもない、と思っています。

なぜなら、精神的未熟で、自己アイデンティティすらも持ち得ていない人間がなんとなく親となったがために、結果的に子供を(無償の愛で)サポートするどころか、自分の人生を満たすための道具のように扱ったり、(「しつけ」などという大義名分のもと)自分の人生の不満の捌け口としてゴミ箱のように扱ったりなど、子供を精神的追い詰め、心に大きなを作ってしまうケースはとても多いからです。

親となる前に、まずは自分自身でしっかり自分のあり方を確立し、自分自身で自分の人生を満足のいくものにするべきなのです。

自分の力で自分の人生を満足に生きることもできず、常に「人に幸せにしてもらう」という感覚の他力本願な人間がそのままの状態となると、子供に対して常に「(親である)自分を満足させる」振る舞い強要する、依存心に満ちたコントロール過剰な親となってしまうのです。

自分で自分のことも幸せにできない人間が、子供という「自分以外」の人間に幸せ分け与えることなど、出来るはずもないのですね。

ですから、「私は私自身の人生だけで一杯いっぱい」だと思ったら、子供を持たずに自分自身の人生に専念する選択をするのも、ときには良い選択なのです。

ちなみに、「私が親になっても十分に子供を幸せに出来るかわからないから子供は作らない」と言う人もいますが、実はこのような発言をする人ほど、親になるのに問題はなかったりするのでは、と思います。

なぜなら、「子供を幸せに出来るかどうか」と、考える時点で、すでに「自分ありき」ではなく、「子供の幸せ」重点を置いているからです。

むしろ、一人の人間を一人前になるまでサポートしていくという重みを十分に認識することもなく、イメージだけで「子供は何人でも欲しい」とか、「老後が寂しいから子供は欲しい」などという「自分本位」の考え方をしている人のほうが、「要注意」だったりするのですね。

日本の少子化は、「親」という権力のもと、子供の「心」軽視し、子供を「親である自分を満たす道具」のように扱うことを正当化してきた「つけ」ではないかと、感じることが多々あります。

冬5

要注意な人

残念ながら、世の中には「信用に値しない」人間も数多くいます。

信用できない人物と深入りしないためには、相手の言動注意を払うことが大切なのですね。

私自身の経験ですが、「深入りを避けるべき人」として認識した例をあげると、

☆ いつも一緒に行動している友達のことを、その人がいないところ悪口を言っていた。
☆ 「友達の話なんだけど・・・」と、自分の友人の困っている話を持ち出し、「それに比べたら私はまだ幸せなのかな、と思っちゃった。」と、自分の優位性を(友人と比較して)確認するような発言をしていた。

などがあります。

もちろん、このような、「誠実さ軽視した生き方をしている人」や「何でも人と比較して自分の優位性を確かめようとする人」は、本質的に私とは価値観が大きく違うので、自然にしていても深い付き合いになることはないのですが、このような人たちほど、「あなたのこと好きだから特別に話すけど」というような甘い言葉で人をコントロールしようとすることが多かったりするため、注意しておくに越したことはないのですね。

また、「信用できない人物」と深入りすることを避けるためには、「寂しい」という気持ちを持たない状態でいることも大切です。

「寂しさ」「孤独感」が強すぎるあまり、どんな人物でも受け入れてしまい、後々嫌な思いをする、というケースは多々あるからです。

人生を心地よく生きるためには、信用できない人物との表面的薄っぺらい人間関係を数多く持つよりも、例え一人でも、からつながって信頼し合える人間関係を持つほうがよほど大切なのですね。

深入りを避けたほうが良い、信用に値しない人物を注意深く見極めるを持っていたいですね。
(^_^)

花13

叱咤激励?!

「叱咤激励」

という言葉がありますが、いくぶん「独りよがり」なニュアンスを感じる言葉だと思います。

実際には、「叱咤」する行為が決して「激励」にはなっていないケースのほうが多いのではないでしょうか。

大げさに叱咤することでただ単に相手を貶めて、自分を相対的に「偉く見せたい」、あるいは自分の「イライラを解消したい」、など、ただのエゴに基づく行為である場合も多々あるのです。

そのような行為をする人間ほど、「あなたのため」だとか、「愛のムチ」などという言葉で自身のエゴに基づく行為を正当化するものですが、どんな理由をつけようが、そのような行為はただのモラルハラスメントであり、決して「激励」などではないのです。

私たちは皆、「自己責任」によって生きています。

相手を激励したかったら、誠実な態度で励ませば良いですし、相手の間違いを諭してあげたかったら、「私の意見を言ってもよいですか?」という前置きのもと(意見を求められてもいないのに押し付けるのは、相手のことをきちんと尊重していない行為なのです)、淡々静かに指摘すれば良いのです。

エゴはいつでも、相手コントロールするために大げさ態度言葉演出しようとするものですが、本当に「愛」をもって相手を激励したかったら、「誠実」かつ「冷静」な態度で「淡々と」相手に接するべきなのですね。

独りよがりエゴに基づく「叱咤」と、本物「愛」に基づく「激励」を、きちんと見極めたいですね。

宇宙9

傷つくほうが悪い、という責任転嫁

世の中には、人を言葉でいくらつけようとも、

「ちょっと言い過ぎることぐらい誰にだってよくあること。」
「私はちょっと口が悪いだけで悪気はない。」

などと、あたかも「傷つくほうが悪い」と言わんばかりの屁理屈責任転嫁し、自らの行為を正当化する人間がいます。

これは、人をいじめておいて「いじめられるほうが悪い」と言っているのと何ら変わりないのです。

このようなことを平気で言える人間は、そもそも思考回路「まともではない」のです。

いじめだろうが、精神的虐待だろうが、宇宙をごまかすことは出来ません。

「傷つける人間」のほうが、悪いのです。
(ちなみに、自分を守るための正当防衛は、これには当てはまりません。全うな理由もなく、ただ相手を貶めて自分のほうが「えらい」と感じたり、相手を支配したりしたい、という「邪悪」な目的で、執拗に人の心を傷つけ続ける行為のことを指しています。)

ナイフでぐさぐさと人のことを刺しておいて、「これくらいのことで傷つくほうが悪い」と言えるでしょうか?

たとえ肉体的暴力ではなくとも、言葉による「精神的暴力」もまた、十分に人の脳(思考回路や行動パターン)影響を与える、重大な「犯罪行為」なのです。
(そもそも、宇宙の目において、人の自由を奪い支配下に置こうとする行為そのものが大罪なのです。それは、「親」だからとか「血縁」だからなどというような理由で免除されるようなものではないのです。)

私たちは、「愛」かけらもない「犯罪行為」に対して、決して鈍くあるべきではありません

思考回路見直すべきは、「傷つく人間」ではなく、「傷つけても何ら罪悪感を感じない」人間のほうなのです。

宇宙8

左サイドMenu

プロフィール

りりあ

Author:りりあ
心や思考の癖を修復するメンタルセラピスト(カウンセラー)として、クライアントの方がポジティブなエネルギーを取り戻し、より自由で幸せな人生へと飛躍していくためのお手伝いをさせていただいております。
(特に、「毒親に関する問題」など、「人間関係における根深い依存」を解き、家族など身近な人間から受けた支配による精神的ダメージを修復しつつ、「自由」を手にしていくためのサポートを得意としております。)

経歴:
哲学士(Bachelor of philosophy)として上智大学にて形而上学を専攻。心理学、精神医学など含め、「目に見えない領域」について多く学ぶ。
卒業後、外資系企業にて勤務。
その後、ブログ執筆及びカウンセリング及びヒーリングによるメンタルセラピーを開始。
2015年に高齢出産にて息子を授かり、現在子育て中。

右サイドメニュー

検索フォーム

QRコード

QR

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文: